【ソードアート・オンライン】ユウキの言葉から学ぶ「嫌われる勇気」

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ソードアート・オンライン、観たことありますか?

小説が原作らしいのですが、私はアニメでしか観たことがありません。

 

で、この作品の中で、マザーズ・ロザリオ編というものがあります。

その話の中に『ユウキ』という女の子が登場します。

自分のことを「ボク」と呼んでいて、余命が残りわずかの女の子です。

 

そんなユウキの言葉から、私はとても重要なことを教わりました。

それがこのセリフです。

 

「ボク、もうあんまり時間がないからさ、遠慮する時間がもったいないって、どうしても思っちゃうんだよね。最初からドカーンとぶつかってさ、もし相手に嫌われちゃってもいいんだ。その人の心のすぐ近くまで行けたことに、変わりはないもんね」

 

たしかに、遠慮してしまうことってありますよね。

というより、遠慮してしまうことの方が多いかもしれません。

 

「今、話しかけたら迷惑にならないだろうか?」

「なんか機嫌悪そうだから、今は話しかけないほうがいいかな?」

 

でも、こういった考えは、結局、相手のことを考えているよで、自分のことばっか考えているんですよね。

 

「今、話しかけたら迷惑にならないだろうか?」

(自分が迷惑なヤツだと思われないだろうか?)

 

「なんか機嫌悪そうだから、今は話しかけないほうがいいかな?」

(今、話しかけたら、自分がウザい奴だと思われるかもしれない)

 

「普段、話したことないのに、急に話しかけたら、相手を驚かせてしまうかもしれない」

(急に話しかけたら、自分が変なヤツだと思われるかもしれない)

 

「まだ知り合ったばかりなのに、プライベートの話を聞いたら違和感を与えてしまうかもしれない」

(自分が馴れ馴れしいヤツだと思われるかもしれない)

 

このように、相手のことを思っているようで、実は自分のことを考えていることは多々あります。

結局、言い訳なんですよね。

自分が変なヤツだと、ウザいヤツだと、馴れ馴れしいヤツだと思われたくない。

つまり嫌われたくない、ということです。

見下されたくない、と言い換えてもいいでしょう。

 

ようは嫌われること、見下されることを恐れている。

そして、その恐怖から逃れるための言い訳として現れるのが『相手に対する遠慮』です。

全てとは言いませんが、かなり多くの場合に当てはまることだと思います。

 

この、逃げるための『相手に対する遠慮』が続くとどうなるのか?

それは、ことあるごとに言い訳をして、相手に話しかけることを躊躇します。

それが続くと、やがて「もういいや」という感じで、その人に話しかけようとすることすら辞めてしまいます。

そのほうが自分が楽だからです。

自分が傷つかずにすみます。

 

でも、これは一時的なものであり、最終的には居心地が悪くなるのは自分なのです。

周りに気軽に話せる人が全然いなかったらどうですか?

もし、毎日通う職場や学校がそんな状態だったらどうですか?

多くの場合は、気まずかったり、孤独感を感じたり、ストレスを感じてしまいます。

自分の居場所がないと感じたり、「ここは自分の居場所じゃない」と思ったりしてしまいます。

 

しかし、その原因を作ってしまったのは、紛れもなく自分なのです。

一時的な恐怖から逃れるために、一歩を踏み出さない。

その一歩には大きなストレスを感じてしまうかもしれないけど、そこを乗り越えていかないと、いつまで経っても人間関係のストレスから解放されることはありません。

 

「最初からドカーンとぶつかってさ、もし相手に嫌われちゃってもいいんだ」

 

この言葉のように、相手に嫌われる勇気を持つことが最初の一歩だと思うんです。

そうすれば相手に歩み寄ることができます。

多くの人は自分から歩み寄ろうとはしません。

だって、自分が傷つきたくないから。

 

だからこそ、私たちまで歩み寄ることを辞めてしまうと、一向に人間関係は良くなりません。

一時的なストレスや恐怖から逃げることで、人間関係という長期的なストレスを抱えてしまうことになります。

 

なので、嫌われる勇気を持ちましょう。

「嫌われたら嫌われたで、しょうがない」という思いで、偉大な一歩を踏み出しましょう。

とはいえ、意外と嫌われないのもです。

 

怖がることはありません。

恐怖とは、自分が勝手に作り出した幻想なのですから。

 

 

以上、

ソードアート・オンライン】ユウキの言葉から学ぶ「嫌われる勇気」でした。