アロハのおっさんと思考の抽象度

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とある場所へ向かうため、電車に乗ろうと思い、

駅のホームの待合室のイスに座っていた時のことです。

 

その待合室には10席くらいイスがあって

僕は一番角の席に座っていたんですよ。

 

イメージとしては、こんな感じです。

 

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で、待合室には僕以外、誰もいなかったんですよ。

 

そう、誰もいなかった筈なのに・・・。

 

 

しばらくすると、

一人の男性がその待合室に入ってきました。

 

その男性は赤いアロハシャツを着た

冴えない感じの40代後半くらいのおじさんでした。

 

 

「アロハ? 珍しいなあ。

 つーか、化物語忍野メメか!」

 

なんて思っていた、その時です。

 

「え!? なに!? なんで!?」

 

僕の感情が乱れました。

 

なぜかって?

 

アロハのおっさんが

僕の隣に座ってきたからですよ。

 

僕以外に誰もいないのに、

誰もいない筈なのに、

わざわざ隣に座ってきたんですよ。

 

イメージはこんな感じです。

 

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「おいおい、何だよこの距離感。

 何でわざわざ隣に来た?

 友達じゃねーんだから。

 つーか、

 こんなアロハな友達、俺にはいねーよ」

 

そんなことを思いつつも、

だからといって移動するのもしゃくだなーと感じました。

 

 

で、僕は考えたんです。

「そうだ、思考の抽象度を上げよう」と。

 

 

このアロハのおっさんを

そのまま『アロハのおっさん』と捉えるんじゃなく、

『自然現象として捉えよう』と思いました。

 

このアロハのおっさんは

ただの自然現象の一部であり、

公園のベンチで読書をしていたら

小鳥が飛んで来たのと同じなんだと。

 

だとすると、飛んで来た小鳥に

いちいち腹を立ててもしょうがない。

 

ガラガラの待合室なのに、

わざわざ隣に座ってきたアロハの小鳥に

いちいち心を乱してもしょうがない。

 

という結論に至ったわけです。

 

 

つまり、

今回の経験から何を学んだのかというと、

 

「感情が乱れてしまったのは、

 ついついイラッとしてしまったのは、

 思考の抽象度が低いからである。

 

 そして、思考の抽象度を上げ、

 目の前で起きている現象の捉え方を変える。

 

 そうすることにより、

 感情の乱れやイラつきは解消される」

 

ということを学びました。

というより、そう感じました。

 

 

 

例えば、

理不尽な言動をする大人っているじゃないですか。

 

自分勝手に怒り出したり、

レジに並んでいらた横入りしてきたり、

 

・・・・・・

 

ちょっとすぐには思いつかないんですけど、

とにかく、「え!? なんで!?」みたいな

行動をする人っているじゃないですか。

 

あれは、こう捉えるようにしています。

 

『見た目は大人だけど、中身は子供のまま』

 

なんか、名探偵コナンのキャッチフレーズみたいですよね。

 

 

ようは、精神年齢が子供のままなんですよ。

 

仮に小さな子供が理不尽な行動をとったとしても

「まあ、子供だから仕方ないな」という感じで

許せたりするじゃないですか。

 

それと同じで、

「ああ、この人は、中身が子供のままなんだな」

と思えばいいんです。

 

すると、大概のことは許せますよ。

 

 

 

まあ、そんな感じで

アロハのおじさんのおかげで、

学びを得ることができたわけです。

 

「ありがとう、アロハのおじさん」

 

と、感謝の気持がこみ上げてきたところで、

今回の話を締めたいと思います。

 

 

 

おしまい。